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<BBS> <Editor's Diary>
last updated : 2005/01/18
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オノ君
【オノ君profile】
パリ9区在住。
20世紀フランス
文学を研究中。

vol.12 酒の味

小津安二郎に、『秋刀魚の味』という作品がある。男やもめの平山が、死別した妻に代わって世話を焼く適齢期の娘を「嫁にやる」までを描いたドラマだ。映画のクライマックスは結婚式の晩、娘のいなくなった家にぽつんと平山が取り残される場面。祝いの酒に酔って足元のおぼつかない父親に、大学生の息子が、あまり飲みすぎるなよ、明日はおれが飯炊いてやるからと泣けることを言う。笠智衆演じる花嫁の父は、それをまったく無視するかのように、ひとりぼっちかと呟き、軍艦マーチをうなりはじめる――。

この小津監督最後の作品、フランス語のタイトルは『酒の味』という。パリの繁華街でよく見かけるビデオショップ、所狭しと並べられた廉価版DVDのなかに、『羅生門』、『雨月物語』など、日本映画の名作に混じってよくこの『酒の味』を見かける。なるほど、フランス人に「秋刀魚の味」はぴんとこないかもしれない。日本人のぼくは、このことばを聞くと、魚の脂の焼ける煙ただよう暮れ方の路地を思い浮べる。『目黒のさんま』にあるように、秋刀魚は映画に登場するもう一つの魚、鱧(はも)とは対照的に、庶民の味、家庭の味とされている。この鱧という魚、関東の人間にはなじみが薄い。料亭の塗り物のお椀に白いもやもやに包まれて沈んでいる得体のしれない魚、そんなイメージが浮かべばまだましなほうか。それはともかく、この家庭的、庶民的イメージのほかに、秋刀魚ということばは秋の訪れを思わせ、口のなかにあのなんともいえない苦味をよみがえらせる。

「酒の味」はそれに比べてあまりに漠然としている。とはいえ、いい年をして酒に呑まれる笠智衆の姿はフランス人にとってとくに印象的なのかもしれない。というのも、ここフランスでは、公共の場で酔っぱらうのはほとんど犯罪だという空気があるからだ。ビール缶を片手に昼間の街をぶらぶらするホームレスの男性や場末のカフェで暇そうな主人を相手にワインを飲む目のすわった中年女性を見かけることはある。それは見慣れた光景だし、他人にからんだりしなければ白い目で見られることもない。もちろん、夜更けのクラブやワインの産地にいけば昔ながらのバカ騒ぎも見られるだろう。そういえば、パリ市が城壁に囲まれていた時代には壁のすぐ外側に多くの居酒屋が栄えたという。外側だったのは税金の高いパリ市内から市民が飲みに出かけたから。赤い風車で有名なムーラン・ルージュはその名残りで、「徴税請負人の壁」の跡にできたクリシー大通りの北側にある。

いずれにしろ、食前酒、食中酒、食後酒を分ける洗練された酒文化をもつ現代のフランス人にとって、酒に寂しさをまぎらす男の憂愁という日本的情緒は理解しにくいのだろう。『酒の味』の「酒」がsakeになっているのは、この日本古来のアルコール飲料がそんな独特の感情を呼びおこすと考えたからか。ちなみに、映画のなかで積極的に飲まれているのはむしろ、トリス、オールド、ジョニーウォーカーといったウイスキーだ。

ところで、小津安二郎の生誕100年を記念して作られた侯孝賢監督の『珈琲時光』がリュクサンブール公園近くの小さな映画館で上映されている。この映画には、高崎から出てきた両親をもてなすために、東京のアパートで一人暮らしをする一青窈が、隣の大家に酒を「借りる」という小津的な場面がある。娘の遠慮のなさが手土産を渡しながら大家に挨拶する母親を赤面させる。このやりとりがフランス人の笑いを誘っていた。ただ、小林稔持演じる父親は、『東京物語』の笠智衆のように、酔って娘を辟易させたりしない。日本の男たちはしかし、ここでもやはり寡黙で不器用に描かれている。

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